実談1 千宗室師匠の戒め

この豊かな日本文明を末永からんことを信じて我が子を戦場に送り、切ない老後を送った日本の母の無念を偲び、特攻隊員が敵艦に自爆、突入するとき皆「お母さん」と叫んで自爆されたとのことである。千宗室師匠が自らの特攻隊員であった経験からあかず語りかけられている。その子の叫び、思い、をどう受け止めたか、母の無念や如何である。
我国の人々の末永い幸を願って、百死零生で米艦に突っ込んだ特攻隊員を育て送り出したのも、自らは食うや食わずで若者を育てた日本の母だ。
南方諸島で列強の植民地にアジアの解放に赴き、南方諸島で輸送途切れ、飢えに苦しんだ兵士たち挙白白骨を南浦諸島にさらした兵は皆、日本の母が生活全てを子に注いだ尊い養育で育てられた日本の母の命であり、魂であった。
そんな母たちの切ない、やるせない、人生の辛苦の上にもたらされた我国の豊かさに、母への感謝の心を我々後世国民が、国家が捧げなければならない。
日本の母の無償の愛、動物的とも見える自己犠牲の辛苦を足蹴にして現在の虚しい繁栄がある。これを虚栄といい、日本の母に思いを致さないこと、これを忘恩の徒という。
直ちに改めて日本の母への母の喜びの万分の1でも国家を挙げての感謝を提案しよう。
こけし人形の愛らしくも哀い表情は母親が間引きされた我が子を偲んだ表情である。そんな母親もやがて姥捨山の運命が待ち受けていたではないか。
それが我国の史実だ。今、老人施設で貧しく淋しく老後を過ごしておられるか?

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール