
一頃、ウーマンリブ活動というのが盛んで、中大の後輩の確か渥美弁護士と申されたか、ピンクのヘルメットに♀の記号をあしらって、こん棒を持っての黄色い声の思いの活動があって当時の世相でもあったかとは思うが、私も眉をひそめていた時があった。あんな恐ろし気な女性の弁護士は御免と思っているところに私が過激派といはれる学生諸君の事件を受任し、又新左翼といわれる方々の弁護を引き受けていたので、同じ考えの弁護士として頼られたのか、そんなウーマンリブの女性の闘士の方が弁護依頼にみえた。おそるおそる対応した。
開口一番、女の人生位変化に富む楽しい人生はないと申されるので少しばかりホットしていたが、次のついて出るのは舌鋒鋭い社会批判、異性批判で、もうイイという位お説教された。そのうえで、私は彼女がもう一度生まれてくるとすればやっぱり女だワと申された。仕事はお断りしたのだと思う。その後の事は思い出せないのだから。
何回も言うが、私には5人の子供がいる。結婚してすぐ懐妊し、殆ど年子で4人生まれた。結婚するときは、妻の母は、誇らかにこの子は健康優良児荒川区代表で健康な丈夫なお嫁さんをアピールされていた

